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医療法人の基本財産

ある医療法人の件で税理士さんから電話がありました。

少し前に分院の手続きを行ったところなのですが、その所有している不動産を基本財産に組み入れているかどうか?ということなのですが・・・。

基本財産とは、医療法人が容易に処分できない財産のことで診療所、病院の土地や建物などを指します。

分院の手続きの際には、その不動産を基本財産に組み入れても組み入れなくてもいいようになっています。

(原則は基本財産に組み入れるのが望ましいとの回答ですが、義務ではありません。)

ところが、その税理士さんによると基本財産に組み入れていなければ、その財産を後で処分する場合に支障が出るとのことでした。

基本財産に組み入れられた財産は処分がしにくいと認識している僕にとっては、???です。

また、役所の見解と法律の規定からすれば、基本財産に組み入れないほうが処分をしやすいのでは?と思うのが普通です。

しかし、実際の実務では基本財産として明記していたほうが医療法人の所有に疑義がかからず、処分しやすいのだそうです。

机上の理論と実務との乖離とでも言うのでしょうが、それにしてもわけがわからなすぎます(笑)

理論の勉強も大切ですが、実務経験ほど勉強になるものはありません。

理屈はそうだけど、実務は??

ここをお客さんが一番知りたいところなのですから。

もっと実務経験を積み、研鑽の必要性を強く感じた一日でした。

 

確認作業の習慣化

僕は昔からズボラな性格だ。

この性格が災いして、ミスをすることがある。

そのたびに、あ~~~ぁとショックを受けることもある(笑)

先日も相続手続きの請求書の宛名を誤記入して相手に送付してしまった。

とてもいい方だったので、ご立腹もされずに許していただけた。

はっきり言って、氏名を間違えるのは失礼も甚だしい。

もちろん、人間だから間違いはあるだろう。

しかし、自分はプロの土俵に上がった以上、ミスをしたくはない。

では、どうすれば凡ミスを防げるのだろうか?

結論から言えば、たった一言なのだ。

それは、確認。

口で言うのは簡単なことだが、ズボラな僕には時に非常に面倒な作業だ(笑)

また、その業務に慣れてくると、これまた怠りがちになるのが確認作業。

行政手続きの円滑化が、僕らの仕事なわけだから、面倒なんて本当は言っていられないのだろう。

習慣化は大切だと改めて感じている。

建設業の許可証明書

自分がお世話になっている会社の社長が、去年の初夏にお亡くなりになり、その奥様が急遽、代表取締役となりました。

建設業許可を持っている会社なので、代表者が変われば許可証の記載も変わるのか?といえば、埼玉県についてはそれはありませんでした。

つまり、お亡くなりになった会社社長名義のままとなっています。

県は現在の代表者名(奥様)での許可証の発行をしないようなので、代わりとなる建設業許可証明書なるものを発行してもらう必要がありました。

今日は、別件で建設業変更届申請や経営事項審査を踏まえての事業年度終了報告申請もありましたので、そのついでに建設業許可証明書の発行をしてもらおうとしたところ・・・

なんと、代理申請ではダメとのことで、申請書に法人を押してもらった上で再度申請ということに(涙)

しかも、申請書は県庁提出用と申請用の2通が必要だったとのこと。

ホームページなどを入念に読めばこうしたミスは防げたはずだったのですが、いかんせん根がいい加減な性格がこうしたところに発揮されてしまいます(笑)

よく言えば融通が利く、悪く言えば不注意と言われるこの性格。

ミスを防ぐためにも、注意力を身につけていきたいと思う今日この頃です(笑)

果たして治るのだろうか???

 

ぶらさがり

以前、予備校の講師を兼業している行政書士の先生にこのような暴言を吐いた記憶があります。

「予備校になんてぶらさがるなよ!なんのために独立したんだい?」

酒に酔った勢いで、大変失礼なことを言っちゃったものだと、大いに反省する反面、あながちこの言葉も筋違でもないよな~とも感じています。

他に定期的な収入が入ってくれば安定するし、安心もできます。

それはそれで結構なことなのかもしれませんが、どこかの団体に所属することによって、気の緩みが僕の場合は出てくる気がしてなりません。

収入が安定する前は、バイトや副業をしてもやむをえないのかもしれません。

しかし、独立した以上、一本の道で食っていけるようになれなければ、自分で商売をやる意味も意義もないと僕は思っています。

より多くの収入、待遇を独立を目指す人は求めるのでしょうが、その裏にあるより多くの問題、不遇を抱えるのも独立の姿です。

ある団体、組織にくっついて安定収入を得られることは、おいしいと世間で思われているようです。

その反面、独立していく気概を損なうものでもあるように僕は思います。

自分にとって厳しい道、負荷のかかる道を選んでいかなければ、商売も自分も進化させることはできませんよね。

負荷や厳しさの裏面にある真の楽しさを僕は掴んでいきたいと考えています。

保育所の設置

社会福祉法人の定款認可申請がようやく終わりかけた頃、新たに社会福祉法人を設立し、保育所を設置したいという相談を受けました。

社会福祉法人は、会社と異なり登記のみで設立できるわけではありません。調べてみると、結構、時間もかかる手続きですね~。

事前の役所との打ち合わせを入念にしていかなければ、僕に頼んだ意味がなくなってしまう分野でもあります。

しっかり勉強しながら、責任を全うしていきたいものです。

困ったらまず行政書士へ

ここ最近は、契約書の作成依頼が続いています。

契約書の作成と一言で言っても、その内容はまちまちです。

幅広い知識なり、経験なりが問われる分野です。

行政書士は、許認可のスペシャリストと言われる反面、広範な知識が問われるゼネラリストという立場にいるとも言われています。

世間では、税務であれば税理士、登記であれば司法書士、訴訟であれば弁護士で知られていますが、行政書士は??という方も多いのかもしれません(笑)

行政書士は、許認可手続きの専門家であると同時に様々な専門家につないでいくためのパイプでもあると僕は考えています。

よくわからなければ行政書士へという認識で活用される方もいらっしゃいます。

広範で幅広い知識が問われる所以なんですね。

だから、契約書作成業務が、弁護士と同様に行政書士にも認められているのです。

困ったらまず行政書士という認識が、市民の方々に広まるように仕事をがんばっていきます。

契約書作成業務

契約書を作成してくださいという依頼が、よくされます。

簡単なもの、一般的なものでよいという注文で受けることがありますが、ネットや書籍で入るような一般的な内容が当てはまるとは限りません。

当事者が変われば、事情も状況も異なりますし、それに合わせた契約書を作れなければ、頼む意味も、頼まれる意味もなくなってしまうと僕は考えています。

契約書を作成するにあたって、あれこれ調べ、いろいろと考えることが多いものです。結構、手間暇がかかります。

たかが紙切れ一枚、されど紙切れ一枚が、法律の世界です。

同意してハンコを押すことの重要性を啓発するのも僕らの仕事なのでしょうね。

 

心学

先日の心学商売繁盛塾「今こそ商人哲学を磨く時代~ビジネス思考、成功法則なんてクソくらえ!」には、多くの方々にご参加いただきました。

ありがとうございました!

今の時代は、閉塞感が漂うという表現をされることがあります。

では、その原因はどこにあるのでしょうか?

過去を遡れば、日本は中国からたくさんのことを学び国家を発展させてきました。

明治維新の際には、西欧からたくさんのことを吸収し、国力を蓄えてきました。

そして、戦後にはアメリカから多くのことを学び、焼け野原から奇跡的な復興を遂げてきました。

そして、今、どこを日本は目指すべきなのか?ここが曖昧なゆえの閉塞感のように思えるのです。

どこを目指すべきかといえば、物質的文明の進歩ではなく、精神復古を基礎とする進化ですよね。

精神文明は、物質文明に比して数百年もの間、放置されてきています。

過去を振り返れば、同じような過ち、同じような争いを繰り返しているのがここ数百年の歴史のように思えます。

昔の人たちの読んでいた本を読むととてもよく感じられるのですが、子ども用の本でもやたらと難解に感じます。

むしろ、精神面で退化しているのではないか?と思えるくらいです。

このままではいけないという言葉をよく聞きます。

これは、どのような意味なのでしょうか?何をこのままにしていてはいけないということなのでしょうか?

社会現象を引き起こしている心の状態をこのままにしていてはいけないということと僕は理会しています。

だからこそ、もっと勉強し、心のレベルを本当に高めないといけないと強く感じています。

心学商売繁盛塾の役割は、本当に大きいものと自負しています。

方法論よりも

今の世の中は、ネットにより簡単に答えらしきものが調べられます。

その影響からなのか、難しく自分で深く考えなければいけない書籍よりも、簡単に方法論という答えが見つかるような書籍のほうがよく売れているらしいですね。

しかし、それは表層の答えらしきものであり、自分の血となり肉となった智恵ではありませんよね。

現実の中でも様々な試練、経験を踏まなければ、生きた知恵にはならないとよく言われるようになりました。

痛い思いをせずに簡単に成果は得られるものではないのでしょう。それを簡単に得ようとするところに問題があると思います。

そして、方法論には、普遍的なものは案外少ないのではないでしょうか?

自分が現場の中で汗を流しながら編み出したものが、自分自身が使える方法論であって、それが他人に通用するとは限らないように思えます。

むしろ、そこに囚われてしまうほど、現実の問いに対する自分なりの答えから遠ざかってしまうように思えるのです。

遠回りのようなことが、実は着実に歩める王道であり、近道に思えるようなことには、罠が多く潜んでいるのではないでしょうか?

楽をしようとせず、自分自身の仕事への思い、お客さんへの思いを深く掘り下げ、商売も人生も深く考えていくことが、いい仕事へつながっていく気がします。

休日

役所が休みとなると、仕事柄、少しほっとします(笑)

今日は、休みということで本を読みこんでいきたいと思っています。

そういえば、自己啓発という言葉があります。

本にもそのような種類の本がありますが、ほとんどの本が気分を高揚させてくれる内容になっていると思います。

ですが、本当の啓発とはその逆ではなかろうか?と僕は考えています。

心に痛みを感じさせてくれなければ、それは気づきにも学びにもならないのではないでしょうか?

人間は不完全な存在です。だからこそ、様々な試練がやってきて、魂を磨いていくことが求められるのだと僕は考えています。

そもそも、生きていくことは逆境の中に身を投じていくに等しいことです。

幸福感に浸る、気分が高揚するというのは一時的なものですよね。

そこに執着をしようとすれば、さらなる苦がやってくるように感じます。

逆に身を投げるくらいの覚悟をもって生きるほうが、本当の意味の楽がやってくるのではないでしょうか?

自己啓発とは、気持ちよくなるためのものではありません。

痛みを伴いながらも心を燃やしていくことが、自己啓発の本来の意味だと思います。

休日には、本当の自己啓発本を読んでいきたいものです。

 

 

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