Category Archives: おおの先生の業務日誌

休日

役所が休みとなると、仕事柄、少しほっとします(笑)

今日は、休みということで本を読みこんでいきたいと思っています。

そういえば、自己啓発という言葉があります。

本にもそのような種類の本がありますが、ほとんどの本が気分を高揚させてくれる内容になっていると思います。

ですが、本当の啓発とはその逆ではなかろうか?と僕は考えています。

心に痛みを感じさせてくれなければ、それは気づきにも学びにもならないのではないでしょうか?

人間は不完全な存在です。だからこそ、様々な試練がやってきて、魂を磨いていくことが求められるのだと僕は考えています。

そもそも、生きていくことは逆境の中に身を投じていくに等しいことです。

幸福感に浸る、気分が高揚するというのは一時的なものですよね。

そこに執着をしようとすれば、さらなる苦がやってくるように感じます。

逆に身を投げるくらいの覚悟をもって生きるほうが、本当の意味の楽がやってくるのではないでしょうか?

自己啓発とは、気持ちよくなるためのものではありません。

痛みを伴いながらも心を燃やしていくことが、自己啓発の本来の意味だと思います。

休日には、本当の自己啓発本を読んでいきたいものです。

 

 

ロングセラー

役所が休みだと、ゆったりした気持ちで事務作業ができます(笑)

料理屋さんにも仕込が必要なように、僕ら行政書士にも下準備は大切なことです。

どんな相談が来るかわからないですし、それに対応できる自分でいるためにも業務上の研鑽はどうしても必要不可欠ですね。

そうしたことは、やはり、土、日や祝祭日を使ってやっていくものなのでしょう。

それと、大切なのは毎日の読書です。

法律は道徳から生まれていると言われていますが、その道徳をさらに根本にまで遡ると、仏教や神道、儒教などの宗教や古典に行きつきます。

最近は〇〇の方法や〇〇の力といった方法論を中心とした本が多く読まれているようですが、ベストセラーよりもロングセラーの古典を読んだほうが、応用が効くにように思えます。

地味だけれども読み継がれていることに時代を超えた価値があるのでしょうね。

業務をきちんと遂行していく上では知識も経験も大切です。

そして、その根本にある智慧は、古典と普段からの生き方、実践から身についていくものなのでしょう。

時間がある休日こそ、読書の時間を大切にしていきたいものですね。

 

商人哲学

江戸時代に「人の人たる道」という商人道を唱えた石田梅岩。

心学商売繁盛塾の心学とは、この方が祖となり、後世まで伝わっているものです。

心学と聞くと、ただの精神論と思われがちです。しかし、深く学ぼうとすれば、そうではないことがはっきりとわかっていきます。

商売には理論や数値が必要だ思われがちです。

そして、その理論や数値を生み出している根本を掴むことがないがしろにされているように感じています。

目に見えるものばかりが重視され、目に見えないものが精神論だと切り捨てられてしまっていては、現実を変えようがないと僕は感じています。

よく目に見えるものは、目に見えないものによって生み出されていると言われています。

しかし、目に見えない心の重要性に気づいている人は、いったいどれほどいるのでしょうか?

会社の会議で数字に追われ、経営でも数字に追われ、そのようなことを続けていけば、確かに目に見えない心のことはなおざりにされがちです。

しかし、その数字の根本をよくよく考えなければ、商売も何もかも改善していきませんよね。

物質的な革命は、歴史上ずっと行われていますが、精神的な革命は、何一つ行われていないような気がします。

むしろ、一昔前の日本人に比べ、今の人のほうが精神的に劣ってきているのではないでしょうか?

だからこそ、今の時代、生きる哲学を磨く心学が大事なのだと僕は強く感じています

やはり、商売繁盛の根本をなす商人哲学を磨く時代なのだと僕は考えています。

5月3日(火)

心学商売繁盛塾「今こそ商人哲学を磨く時代~ビジネス思考、成功哲学なんてクソくらえ!」開催!

契約書作成業務

今日は、いつもお世話になっているお客様が、契約書をつくってほしいということで打ち合わせに行ってまいりました。

合わせて相手方が持ってきている書類もチェックしてほしいとのことでした。

契約書作成業務に携わるたびに思うことがあります。

それは、民法や商法の知識をもっと勉強しておかないといけないということです。

行政書士試験でも一応、民法は試験科目ですが、幅広く万遍ない知識を求められています。

しかし、実際の実務の現場ではより深いレベルで、経験と合わせての知識が求められます。

試験の知識量ではどうしても対応できません。

経験のみならず、座学での知識習得も必要だと痛感するところです。

それにしても、契約書作成業務はあれこれ調べたり、いろいろと想定したりで思いのほか時間がかかるものです。

その時間を短縮するためにも日頃からの研鑽は必要ですね。

より良い仕事をするために、より深い学びをしていきたいものです。

学ぶことそのものを楽しめることが、大切なことなのだろうと常々感じている今日この頃です。

 

 

 

熱意

熱意は、仕事をしていく上で最も大切なことだとよく言われています。

経験上、たしかにその通りだと僕も思います。

ところで、熱意はどこから湧いてくるものなのでしょうか?

「お客様のために」という言葉がありますが、本当にお客様のためにという思いで熱意が湧いてくるのか僕には疑問です。

また、夢という言葉がありますが、夢を実現しようとする意欲で熱意を持ち続けられるのか?これも疑問です。

お客様というけれど、それは誰のことなのか?

あるいは、夢というけれど、それはどんな夢なのか?

抽象的で、地に足をつけていないような思いだけで言っていないだろうか?を自分自身に問いただすことが、すごく大切に思えるのです。

お客さんや身の回りの人々の顔を思い浮かべながら、責任感をもって仕事をしていくことなくして、情熱や楽しさが湧いてくることは、ありえないのではないでしょうか?

現場で熱意をもって仕事をし続けていく中で、お客さんを大切にする気持ちは、お客さんが喜ぶ姿から学んでいくものだと思います。

お客さんが喜んでいる姿を見続けていくことの中で夢や志というものが、はじめて心の中から湧いてくるものなのではないでしょうか?

それが、天に通じる思いなのではないでしょうか?

まず、夢ありき、志ありきではないように思えるのです。

まず、人を喜ばせていく中で、嘘偽りのない思いに気づいていくものだと僕は思います。

成功のためとかそんなのではありません。

嘘偽りのなく人を思う心が、熱意なのではないでしょうか?

謝罪のそもそもを考える

業務日誌をしばらくサボっておりました(-_-;)

また、再開です。

今日は、車庫証明申請の件でちょっとしたトラブルがありました。

先方のミスがあったとはいえ、申請時に自分が気づかなければいけない案件でしたから、とても申し訳なかったです。

そういえば、「申し訳ないです」とか「すみません」という言葉。

僕はなんだか使う時に抵抗を感じることがあるのです。

自分の意地というか我があるのか?責任を必要以上にかぶりたくない気持ちからくるものなのか?

もしくは、その両方なのか?

おそらく自分の心のどこかで「これは自分の責任だけではあるまい。」という気持ちがあるからなのでしょうね(笑)

ただ、肝心なのは、そうした防げれば防げたミスを食い止めるために、自分は誠を尽くしたのかどうなのか?だと思いました。

振り返ってみて、誠を尽くしていなかったと思えば、素直に謝ればよいということになります。

今日の僕には楽をしようとする気持ちがあったからミスをしたという思いがありました。

次の業務につなげないといけませんね。

油断

本日は、役所へ農地改良等の届け出関係の打ち合わせと書類作成、議事録作成等々の業務で一日が終わりそうです。

農地改良等の届け出は、はじめて業務として行います。

届け出なので、農地転用の許可申請よりも楽かと思い、油断していたのですが、実際には関係各課との調整、協議、届け出などもあり、意外と手間がかかります。

あちらこちらと随分と動くことになりそうです(^^;)

まぁ、足を運べば生きた情報が入ってくるので、これも一つの業務研鑽として努めてまいりたいものです。

今日も一日、より良いサービスを追求していきます。

 

 

魂の存在

tamadoku皆さんは、魂という存在をどのように思われますか?

ちょっと怖いとか、怪しいとか、そういった印象を持たれる方も多いかと思います。

しかし、魂は、確かに自分の中に存在するように思えるのです。

人の道に反したことをしたとき、きっと多くの人の気持ちは晴れやかではいられなくなるはずです。

逆に、人を喜ばせたとき、人を感動させたとき。

自分自身のほうの喜びが、大きくなるのだと思います。

それは、なぜでしょうか?きっと深い意識のレベルで僕らはつながっているからなのではないでしょうか?

魂とは他の人とつながるナニモノかなのでしょう。

そして、人の人たる道に人を歩ませようとするナニモノかなのでしょう。

魂はエゴを嫌います。

一方で、公に生きようとする志が人の心に宿ったとき、その人に天命を悟らせるもの。

天と直結するナニモノか。

それが、魂の存在ではないでしょうか?

今回の心学商売繁盛塾の課題本でもある清水克衛著「魂の読書」。

魂を震わせる読書をご堪能ください。

そして、魂を共鳴させる勉強会に是非、お越しください。

心学商売繁盛塾の講演

僕が事務局として携わらせてもらっている心学商売繁盛塾で講演をさせていただくことになりました。

テーマは、「今こそ商人哲学を学ぶ時代~ビジネス思考、成功哲学なんてクソくらえ!」という、なんとも挑戦的なものになっております(笑)

起業や独立と聞くと、一般に素晴らしいことと思われがちですが、実際のところ、様々な問題や試練が降りかかってきます。

成功や幸せといった良いイメージしか持てないでいれば、厳しい現実に直面した途端、簡単に折れてしまうように思えるのです。

これは、すごくもったいないことですし、危険なことです。

つい数年前にも、起業ブームなるものがありました。たしか、一円会社ができるようになった時期でしたね。

しかし、ブームで作られた会社は、今、どのくらい残っているのでしょうか?

そもそも、ブームで起業というのも、なんだかおかしな話ですよね。

今回の講演では、独立や商売の実際のところを裏も表もなく話していきたいと思っています。

まぁ、僕も曲がりなりにも独立開業者のうちの一人ですのでね(笑)

おそらく他の勉強会ではあまり話されていないような内容になりそうですが、ご興味のある方は、是非、おいでください。

心学商売繁盛塾 今こそ商人哲学を磨く時代~ビジネス思考、成功法則なんてクソくらえ!~

 

 

営業トーク

今日は、ある不動産屋さんの営業マンとお話をさせていただきました。

普通、営業マンというと、どのようなイメージを抱くでしょう?

話し上手、聞き上手、気さく、フットワークが軽い、明るい等々のイメージを僕は抱きます。

今日の営業マンは、特にそうした資質を目立ってもっていたわけでもなかったのですが、人に与える印象がとても良いものでした。

というのも、説明が簡単明瞭でわかりやすかったこと。

それにプラスして、自然体にふるまっており、こちらからも質問がしやすかったからです。

腹に一物を抱えて、何かを売ろうとするわけでもなく、質問にただただ真摯に答えていた姿がとても印象的でした。

営業にして営業にあらずということが、本当の営業なのかな?なんてことをふと思いました。

人間には裏と表の姿があるなんてことを言われています。

しかし、裏表という区別なく人に接することが、営業の姿なのかもしれないと思いました。

家庭であっても、仕事場であっても、裏表なく、自然体の優しさを表現できる人。

それこそが、デキる営業マンなのかもしれませんね。

 

 

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